
知られざる発祥の地
静岡・御前崎「200年続いた干し芋」
干し芋といえば、現在国内生産量の9割を占める茨城県が真っ先に思い浮かびます。実は、干し芋が初めて考案されたのは静岡県の白羽村(現御前崎市)で、江戸時代のことでした。以来、1954(昭和29)年まで、干し芋の生産をリードしていたのは静岡県でした。
2024年は、干し芋が誕生してからちょうど200年という節目の年です。干し芋の発祥を語るときに欠かせない2人の「いもじいさん」の話を入り口に、干し芋のルーツをたどります。
干し芋の原形を作った、御前崎の2人の「いもじいさん」
1人目の「いもじいさん」は、大澤権右衛門(おおさわごんえもん)です。1766年の春、70代だった権右衛門は村人とともに、航海の難所であった御前崎沖で遭難した薩摩の船乗り24人の命を助けました。そのお礼に、食料として船に積んでいたサツマイモを譲り受けます。
御前崎の土地は砂質である上に三方が絶壁で囲まれているので水はけが極めてよく、さらに強い西風が吹くので他の農作物には適さないのですが、サツマイモの栽培には適していました。栽培法を教わった権右衛門は、村人にも救荒作物としてサツマイモを勧めて栽培はこの地で広がり、やがて親しみをこめて「いもじいさん」と呼ばれるようになりました。


2人目の「いもじいさん」が登場するのは、約60年後のこと。御前崎出身でサツマイモや海産物の行商をしていた栗林庄蔵は、サツマイモをもっと軽く、運搬しやすく、保存性が高くなる方法を研究し続けていました。10年余りをかけてついに、よく洗ったサツマイモを釜でゆで、包丁で薄く切り、セイロに並べて干し上げるという「煮切り干し」の製法を考案します。これが現在の干し芋の原形となっています。
「蒸し切り干し」が磐田で登場、生産の中心は茨城へ
前述の「煮切り干し」に対して、現在まで続く干し芋の製造方法は、サツマイモを蒸す→厚切りにする→乾燥させる、と少し工程が異なります。この製法「蒸し切り干し」が編み出されたのも静岡県でした。御前崎の西に位置する大藤村(現磐田市)の大庭林蔵が1892(明治25)年頃に考え出し、大正時代に入ると干し芋の生産は静岡県全域に広がりますが、主産地は御前崎村のある榛原郡と大藤村のある磐田郡でした。天日干しで作っていた当時、静岡西部で冬に吹く乾いた強い風「遠州のからっ風」の存在は欠かせなかったのです。

静岡産の干し芋が東日本全域へと出荷されるようになり、同じように冬に強い海風が吹く茨城県の那珂湊(現ひたちなか市)でも1908年に干し芋の製造が始まります。自治体の支援で講師を静岡県から招くなどして熱心に学び、気候や土壌がサツマイモに適していたこともあり、茨城県の生産量は増え続けます。ついに1955(昭和30)年には、茨城県が干し芋生産で首位に。一方の静岡県では、温室でメロンやイチゴ、花を栽培する農家が増え、干し芋の生産は減り続けました。2021年のデータでは、干し芋用のサツマイモ生産は全国で3万7447トン。うち、茨城県が3万3855トン(シェア90.4%)で圧倒的なトップ。静岡県は2位ですが、生産量は1637トン(シェア4.3%)にすぎません※。
※データ:かんしょの加工食品用利用内訳(都道府県別)、令和3年産、農林水産省
歴史ある「干し芋発祥の地」で、伝統を守る人
現在の御前崎を代表する干し芋生産者といえば、この地で70年以上、芋の栽培から一貫して干し芋作りを行っている齋藤農産です。社長の齋藤丈雄さんを中心に、芋の栽培、収穫、土の中での40日熟成、水洗い、皮むき、裁断など、多くの工程を手作業で行い、完全天日干しの伝統を守っています。


干し芋の製造に欠かせないこの地域特有の季節風「遠州のからっ風」と、御前崎の強い天日で仕上げられる干し芋は、表面はしっかり乾燥していながらも固くならず、中はもっちりとした絶妙な仕上がりです。御前崎市が後押しする「御前崎ブランド」の一つに認定されています。


原料のサツマイモの品種「べにはるか」は、2010年に登録された、比較的新しい品種です。芋の外観や食味が既存品種よりも「はるか」に優れていることから命名された品種というだけあって、干し芋にしたときにもねっとりした食感と甘みの強さが特徴的です。発祥の地・御前崎では、「細蔓」「飯郷」「泉13号」といった品種で長らく干し芋が作られてきましたが、消費者の好みの変化に合わせて、伝統の干し芋も変化するところは変化しているのです。
御前崎で干し芋プロジェクトが始動!

干し芋生産を支援するために、御前崎市では『干し芋プロジェクト』が始動しています。干し芋を使った「干し芋メニュー」の商品開発を、地元のベーカリーやスイーツ店など食品事業者7社の協力を得て実施し、“発祥の地”御前崎の干し芋の認知を高め、干し芋生産を次世代につなげていこうとしています。2024年11月23日(土)、24日(日)に御前崎市役所周辺で開催される「御前崎市大産業まつり」で、シフォンケーキ、クッキー、パンなどの干し芋メニューが発表される予定です。
文/大屋奈緒子
(参考書籍)
『干しいも事典』(一般財団法人いも類振興会 編集・発行)
『ほしいも百年百話』(先崎千尋 著)