トム・クルーズもキャメロン・ディアスも…海外VIPが次々訪れる日本屈指の名所(!?)築地市場。早朝、マグロのセリ場を訪ねてみれば、まるで外国人の方が多いのでは?と思うほどに大勢の観光客が列を成しています。もしやこれこそ Cool Japan !? そう思ってしまう位の様相ですが、肝心の日本人の姿は、ここで働く人以外はチラホラ。築地って興味あるけど、良く分からない?なんとなく恐い?近くて遠い存在の築地市場。実際にどんな人が、どんな話をして、何をしているのか…?そんなことに興味を持つ人が、どれ程いるか定かではありませんが、せっかく「18(いちば)の日」をやるのです。食材だけの紹介では勿体ない…。ここにいるちょっと変わった(?)面々の1日を特別に覗かせてもらいました。
今回、協力を引き受けてくれたのは、築地マグロ屋でも有数の規模を誇る仲卸・大雅水産さん。当店のお客様なら既にご存知かもしれませんが、築地に約200社あるマグロの仲卸の中でも唯一といっても良いでしょう、店内に急速超低温冷凍機を持つマグロ屋さんです。
伝統や歴史があるとそれが故に、新しいものの導入が遅れるというのは良くあることですが、築地の華ともいえる本マグロを扱いながらも、新しい物の有用性が認められればいち早く導入する。そんな合理的な発想と行動は、実はここ大雅水産・幸坂社長の異色の経歴が一因かもしれません。実は幸坂社長、根っからの河岸の人じゃなく、元・金融マンなんです。
幸坂社長は、大雅水産の3代目社長。でも、いわゆる「築地3代目」とは違い、先代とも先々代とも血はつながっていない「他家(よそ)の人」。先代から「経理を見てくれ」ということで誘われて入社したものの、店のことも知った方が良いから…とお店の仕事をやるようになったら面白くなり、面白いからもっとやる、もっとやるから結果も出てくる、結果も出るからさらに面白くなる…、気づいたら会社を任されていた…。先代には実の息子がいたというのに、会社を別の社員に譲り、その新社長が今は切り盛りしている。築地に3代目は多けれど、他家から継いだ元金融マン社長は、築地広しといえど幸坂社長だけでしょう。
さて、「じゃ明日、2:30に」という言葉に一瞬ひるみながらも、そんな様子はおくびにも出さずに(?)意気揚々と深夜の河岸に乗り込んだ私…(勿論、PM2:30じゃなくAMです)。ところが市場はこのとき既に、人と車と、そして日本中・世界中から届いたありとあらゆる食材でごった返し。あたかも通勤時の都内の駅のようです。ターレーは縦横無尽に走り回り、魚と氷を詰めた発泡はまるで雪柱よろしくうず高く積まれています。そんな渋滞をかき分け、ようやく大雅水産に到着すると、もう全てのメンバーが持ち場に別れ、仕事を開始しています。
社長は本マグロ【左写真】、浅子店長と山口さんはメバチマグロ【右写真】、店裏では真柴さんが仕出し屋さん用に半解凍させたマグロを捌いています。(お店に到着後すぐ使えるようにするため)【中央写真】
怒声・罵声が飛び交う市場のイメージ(?)とは裏腹に、皆、淡々黙々と各自の仕事を進めています。
前半部分「会話をしない」というのは勿論ウソですが、後半部分「怒鳴り合う」は半分ホントといった所でしょうか。というのも、上記の通り場内は人・物・車でごった返しています。特にやっかいなのが、ターレー。小回りが効き、非常に便利な乗り物ですが、けたたましい音をたて疾走するので、周りの音をかき消してしまうのです。だから自然とそれに負けぬよう人の会話の声もデカくなっていき、おまけに忙しさのあまり皆、早口だから、端から聞くと怒鳴り合っているように見えてしまうでしょう。だからって別に、いつも喧嘩してる訳ではないのです!
ようやく東の空・勝どき方面が白み始めた頃
入社10年のベテラン・工藤さんは、今日の店先売り用マグロ・サイコロカットの準備
裏ではこの頃、社長がようやく本マグロのカットに一区切りを付け、コーヒー片手に真柴さんとしばし談笑?
ところがそこへ中村さんがターレーにマグロを載せて到着。 談笑はわずか3分少々で中断し、社長は再び本マグロのカットへ
中村さんはこ〜んなマグロを一人で抱え、またターレーに乗っていずこかへ…
前後して竹カゴをぶら下げた買い出し人の姿が増え始め、AM:5:15、本日最初のお客様が到着。毎度あり!
「最近は、自分の目でモノを見て、買っていこうっていう料理人は、本当に少なくなったねェ〜」
これは魚河岸でもやっちゃば(青果市場の通称)でも、市場のいたる所で聞くようになったセリフです。築地は地方の“観光市場”と違い、プロ料理人が自分の店で自信をもって出せる食材を吟味する「プロの職場」。買う側もプロなら、売る側もプロですから、相場はもちろん、品質・作況・最新品種…持てる知識と情報を結集して料理人と対峙する…“真剣勝負”の場なのです。だからこそ一般の人には、なんとなく「近寄り難い所」「恐い感じ…」に映るのでしょう。
ところが今、自分で食材を仕入れにくる料理人が激減しているのです。電話&FAX1本で翌日には店頭に届けてくれる…便利といえば便利ですが、「やっぱり自分の目と足で確認しないと納得しない人の店は違う」これは市場の中で共通した認識のようです。夜遅くまで営業して、翌朝早くから仕入れにくる…それはそれは大変なことと思います。しかし、そこまでしてでも良い食材を求める人は、料理においても極限まで意識を行き届かせ、こだわりの一品を提供する。この噂、正比例かは分かりませんが、かなり真実に近そうです。
そろそろ行きますよー、の声に促され、マグロのセリ場に向かいます。が、その前に場内の小さな売店でジュースとパンを購入。これが彼らの朝メシ代わり
ご覧の通り空はようやく明るくなって、外の世界でも朝を迎えたところ。
セリ場に向かいながらパンをかじって、行く先々で「ヨー!」なんて挨拶を交わしつつ、そのままセリ場へ。そしていざ本番!
高額のマグロを仕入れるのです。いかにプロといえど、遠くから見ただけで大枚をはたく買物はできません。そこで必要なのが「下付け」と呼ばれる下調べ。
まず大切なのが、色。予めマグロの尾の部分は切り落とされ、断面が見えるようになっています
そこに懐中電灯で光を当て、色味をチェック
次いで手カギと呼ばれる小道具を使って、身をチョット削り指先で溶かしてみる。そうすると、脂の入りが分かるのです。(そうなるには相当な熟練が必要だそうですが)
広いセリ場内を走り回るように次々と目星をつけていき、メモを取る。これが「下付け」。しっかりした下付けがあって初めてセリに臨めるのです。
1度始まってしまうと、もう早いです。次々にセリ落とされていきます。実際、浅子店長も走り出しました。複数のセリ人が方々でセリを開始するので、1人じゃ全てを見切れないのです。
【セリ台】意外と小さいと思いきやそうじゃない。
皆あちこち走り回っているから台に立たずにセリに参加する人の方が多いのです
こ〜んな後ろから手ヤリを入れる人も。
これを瞬時に見極め、最高値を出した人に落としていくのだから、セリはまさに職人芸です
そうしてセリ落とされたマグロは、手カギで荷台に乗せられ、さらにはターレーに乗って各店舗に運ばれていきます。
ようやくセリも引けて、店に戻ってみると、もうAM7:00
大雅水産、本日の釣果はしめて9本!最近の中ではまぁ、平均的な数だそうです。そしてここからは中村さんの出番。カチンコチンに凍ったマグロを、専用の巨大な刃のついた機械で「四つおろし」にしていくのです。
まずは頭を落として、背節と腹節の間にある血合いに沿って断っていく。これが「タチ入れ」
ちょうど半身になったマグロを、今度は腹と背それぞれの節に切り分ける。こうするとマグロがほぼ4分の1サイズになり「四つおろし」の完成
ちょっとでも手元が狂えば、指先どころか腕ごと裁断してしまうほど強力な刃物です。まさに真剣勝負。でも中村さん、次々と本日セリ落としたマグロを「四つおろし」にしていきます。危険だからもっと慎重になりそうなもの… とは素人の考えで、それをいかに手際よく、しかし正確にこなしていくのが、プロの流儀なのです。
最近、ネットやスーパーなどで「お買い得品」として人気の「中落ち」。実はこの四つおろしの際に骨側についてしまった身を切り落としたもの。マグロ屋は骨と身のギリギリを見極め、なるべくロスが少なくなるように切り分けますから、完璧に四つおろしができれば、骨側に沢山の身が残ることはない。つまり、「美しい四つおろしからは、中落ちは生まれない」。とあれば、プロの流儀(ダンディズム?)からすれば、中落ちが沢山出ちゃう仕事は“カッコ悪い”。この噂は本当のようです。
中村さんの四つおろしが終わったのが、AM8:00
この頃、店頭には竹カゴをぶら下げた買い出し人の姿がグッと増えています。いかに近年、自ら仕入れに足を運ぶ料理人が減ったとはいえ、少しでも良い食材を自分の目で見て揃えようという人は、「いつもの店」の「いつもの時間」に現れます。
この日も連休前の忙しい合間をぬって『dancyu』などでもお馴染みの外苑前の某イタリアンのシェフが店先へ。お目当てを受けとりつつ、社長としばしご談笑。
とはいえそこは互いにプロの経営者。会話しながらも有益な情報の交換をしています。そう、わざわざ足を運び、顔を合わせて受け渡しているのは、ただ「モノ」ではなく、情報であり、信頼なのですね。
常連さんと談笑中の幸坂社長
接客しつつも仕事は続き
特に鮮魚を扱う業者さんは、少しでも早く魚を目的地に届けたいため、狭く混雑した中でもかなりのスピードで走っていきます。でも、一般に思われてるように(?)怒鳴り散らしながら疾走して、人をひいても轢かれた奴が悪いと言わんばかりのアブナイ人は、そんなには(?)いません!
さて、そんなこんなで日は昇り(ふつうなら日は沈みという所ですが…)、そろそろ本日のお仕事も落ち着いてきます。時刻はAM9:30。皆で弁当を食べて、お店の方はこれで終業。この後、皆さんは事務所に帰って、本日の伝票処理、翌日の注文確認を行います。長い1日、お疲れ様です!
市場の中はますます混雑